浅野忠信

2008年4月26日 (土)

コインロッカー・ベイビーズ~ ショーン・レノン&浅野忠信より マイケル・ピット&ヒース・レジャーが

コインロッカー・ベイビーズ」がハリウッドで映画化されると噂に聞いたのが3年ぐらい前のこと。

それからとても気になって、こまめにIMDbをチェックしていたのですが。

ここにきて、プリプロダクションからインプロダクションへと段階がすすんでます。動いてるんですね!

しかし監督・ライターから出演者までの顔ぶれからしてかなりアート系かな?

IMDbには2008年1月の情報が更新されてます。

http://www.imdb.com/title/tt0451019/

↑にのっている出演者は

ショーン・レノン、浅野忠信、アーシア・アルジェント、ジョン・ファルコン。

ほんとかい?!アーシア・アルジェントは私のお気に入りの女優さんです♪

若いのに強烈なまでの存在感は素晴らしい。

そして、ものすごく興味深い記事は2007年3月のこちらです。

http://j-novels.blogspot.com/2007/03/coin-locker-babies.html

ここではなんと、ショーン・レノンと浅野忠信が主人公のハシとキクをやるとまで書いています。ミスターDはヴァル・キルマーと。

当初から名前があがっていたリブ・タイラーの名前はあったりなかったりで記事によって異なりますけど、交渉が消えてしまったのかもしれませんね。

もしもリブタイラーが出るならリブがアネモネで、アーシア・アルジェントがニヴァかなと思ったんですけど。

2005年頃にはたしか、キクとハシがヴィンセント・ギャロとヴァル・キルマーかという話もありましたでしょ、それはかなわんなあ~と思ってたんですよね。ちょっと老けすぎじゃないかなって。

と言い出したら、ショーン・レノンと浅野忠信でも原作より老けてますけどね。

年齢をどのあたりに設定してるのか、原作のどこをいかしてどこをアレンジしてるのか?って気になります。

若手で一般的なハリウッドスターには神秘性があまり感じられないので適任者が思い浮かばないんですけど

しいてあげたら、マイケル・ピットとヒース・レジャーぐらいかな。

この二人はあやしいし、危ないし、狂気もいけるし、かなりお気に入りの妄想キャストなんですけど。。(^^;)

でもヒース亡くなっちゃいましたもんね。(ヒースがボブディランを演じている映画早く観たい)。

10年前の浅野忠信なら原作に忠実な最高の適役だったと思うんですよ、しかも彼ならハシもキクもどっちもやれましたでしょう。

ハシなら「フライド・ドラゴン・フィッシュ」のナツロウとか「白痴」の感じで、

キクなら「Helpless」とか「Picnic」の感じで。

髪が長かったときならガゼル役もぴったりでしたよね。

誰がどの役をやるのかわからないけど、現時点のIMDbのキャストを元に勝手に楽しんでます。

ん~~~、ハシのショーン・レノンというのが予測できないですわ。ジョン・レノンの息子さんは演技はできるんだろうか?

この作品が目ざすハシは歌えればOKなハシなのかな。。?

キクを浅野忠信が演じるとして、アネモネがアーシア・アルジェントとしたら。。。

これはたまりませんっ。そそる二人です。

ものすごい存在感を発する男優と女優ですわね。

アーシア・アルジェントと並ぶとヒース・レジャーも霞んでしまいそう。

アーシア・アルジェントだったら浅野さんぐらいの存在感がないとだめだろうなあって思うわ。この二人はいつか共演が観てみたい好対照で好バランスね。

キクとアネモネのベッドシーンなんてのはも~ぉ、想像するだけで鼻血が(^^;)

あちらの映画情報の記事で、浅野忠信はガゼル役を希望してるけどなにになるかわからないと言っているというのがあったんだけど。

アネモネとの濡れ場、というよりアーシア・アルジェントとのベッドシーンにびびってるのかも。

なーんて。

この顔ぶれ、まさか芸術的なわけわかんない短編映画になってる?!ってことはないですよね?

村上龍の「コインロッカー・ベイビーズ」だもん。

頼みますよホントに。

あまりアート・アートしずぎずにやっていただけるといいかしら。私はアート100%でもいいんですけどさ。

アメリカでの配給権はミラマックスが持つみたいなのでそこそこ娯楽性もありでしょう。

ここまで全て、いくつかの情報を元にあくまでも私個人の想像です。

いままでのいくつかの記事のおさらいでしたらこのへんをどうぞ。

http://www.upcominghorrormovies.com/uhm/showthread.php?t=28732(2005年情報)

http://www.filmthreat.com/forums/showthread.php?t=3649(2005年情報)

http://www.ioncinema.com/actors/1886/Tadanobu_Asano(2008年年情報)

http://cinema.theiapolis.com/movie-00IS/coin-locker-babies/cast.html (2008年情報)

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2008年4月18日 (金)

「モンゴル」~面白すぎですね♪もしもテムジンとジャムカがくっついて寝てなければ歴史は変わった?!

Mongol7_3

(「モンゴル」に関するマイ記事は ここ ここここ ここ ここ

映像の一大叙事詩として、今後、映画史の中にその名を残していく映画であると思います。

ぜひ映画館でご覧くださいませ

スケールの大きさだけでなく、厚みがあり、精神的な深みがあり、凛として静かな中に豊かな情感の息遣いが感じられます。

ボドロフ監督と主演の浅野忠信の息が見事に合わさっています。

監督が情熱を持って思い描いた世界観と、浅野忠信が息を吹き込んで作り上げたテムジン像が一分のずれもないほどがっちりと合わさった、としか思えない。

それにしても浅野忠信。。。すごいですね(絶句)

何もやってないような涼しい顔して、じつはものすごい完璧主義者で努力を惜しまない人なんでしょうね。

それも無意識レベルでやってるのかもしれません。。(感嘆)

(「モンゴル」で浅野忠信をはじめて観る人は、ついでに今も公開中の「母べえ」も観たらますます興味深いでしょう。その意味は映画を観たら絶対にわかりますのでぜひどうぞ。)

「モンゴル」何度も観ましたが、観るにつれ、

テムジンと親、テムジンと妻、テムジンと部下、テムジンとジャムカ、等々、テムジンを中心として放射線状に広がる人間関係が万華鏡みたいに私の中で動き出してきました。

  するとじょじょに、テムジンと盟友ジャムカの関係がせつなくなってきています。

といっても史実とは関係なく、この映画のなかのテムジンとジャムカにかんしてはついつい“萌え”な目線になってしまうからかも。。

ようやく本題にきました(^^;)。以下ネタバレです。

父親を毒殺され、それまでの父の部下たちにすべてを強奪され、命までも狙われることになったテムジンが出会った2歳年上の少年がジャムカでした。

ジャムカは大柄でみるからに頼りがいがあります。

広い世界でたった一人歩き回っていたテムジンが、そのジャムカが僕の友だったらと思うのも当然のこと。

テムジンはジャムカに盟友になってくれと頼みます。

そして血の契りをかわすテムジンとジャムカ。

子供時代の二人はいかにもモンゴル人という感じで素朴です。子供をとらえるボドロフ監督の視点が好きです。

ボドロフ監督の若い頃の作品「自由はパラダイス」も、主人公の少年の中にある儚さが胸に刺さりました。

大人になりたがり強がっている少年にこそ見出されるべき儚さ、ですよね。

「モンゴル」でも屈強な肉体と心をもったテムジンのなかに秘められた繊細で儚げな部分をちゃんと感じさせてくれます。

まだこの頃は子供であるがゆえの儚さ、頼りなさでもあるんですけど。

そのテムジンはジャムカに助けられ、それ以後、弱肉強食の草原の只中で友情を育んでゆきます。

男だけの世界では二人の愛情は揺るがぬものだったはず。

しかしテムジンの妻が二人の間に入ることによって、調和が軋みはじめるんですね。

ジャムカの助けをかりて、他の部族にとらわれていた妻・ボルテを救い出したテムジン、

その戦いの後、テムジンとジャムカが酒を酌み交わし、歌を歌い、友情がますます熱く燃えてくると、

その二人を遠くからクールに見つめているボルテがいます。

ボルテはこのとき、ジャムカに嫉妬していたのでしょうね。

ジャムカはテムジンに「俺の右腕にならないか」と言う。

いっぽうのボルテはテムジンに床の中でささやく、

「ひとつの鍋で二つの羊の頭は料理できないわ」と。

確かに妻としてはこのときのテムジンとジャムカの仲のよさは目にあまるでしょう。

だって、ひさしぶりの再会だったのに夫のテムジンは酒宴の後、なんとジャムカとひとつ毛皮にくるまって眠っているんですから。

頭にきますよね。ボルテは悶々として眠れなかったでしょう、頭の中はらんらんとして目覚めていた。

明け方目が覚めたテムジンがジャムカの床を離れて、ボルテの床のほうへよろよろと歩いていきます。

そしてボルテの上記の言葉となるわけです。

秀逸な演出ですね。

男×男  が、 男×(男+女)

に決定的に変わったあの瞬間、

朝目覚めたジャムカは隣にテムジンが眠っていないことに気づくと同時に、ボルテと共にいってしまったことを知ります。

そのときのジャムカの顔、

言葉はなくても、テムジンを頂点とする三角形の二つの角でジャムカとボルテがはっきりと対立した場面です。

ボドロフ監督、さすがですねえ~。

心の襞を台詞なしでくっきりと表現するってこういうことかって、それは見事でした。

そして、子供の頃は年上で体の大きなジャムカが庇護を与えたテムジンが、大人になってじょじょに頭角を現し、やがて自分を超えてしまうであろうことを感じ取るジャムカがとってもせつない。

だからこそジャムカは言ったのでしょうね、「俺の右腕にならないか」と。

そうでなければいつか戦わねばならなくなることを知っているから。

もっと露骨にいったら「俺をとるか?ボルテをとるか?」ですよね。

ボルテにしても同じこと。

「私をとるか?ジャムカをとるか?」。

その後一度テムジンをとらえたジャムカがテムジンに命乞いをさせようとする場面、あの時代のあの状況でなら普通は殺すでしょう。

でもジャムカは殺すことができないんですよね。

そんなテムジンにたいするジャムカの思いがよくわかるから、最後の合戦がまたいっそうせつなくなります。

そして今度は、テムジンにとらわれたジャムカが言います

「俺なら殺す」と。

でテムジンもジャムカを殺すことができずに解放するんですよね。

この映画、テムジンとボルテの疑いを知らぬ真っ直ぐな愛が感動でもありますけど、ジャムカとテムジンの男同士の愛がとてもせつなくて、物語をいっそう味わい深いものにしているんです。

そうそう、牢獄に幽閉されていたテムジンを救い出したボルテは、その後、ベッドにテムジンを誘う場面があります。

今度はテムジンはすぐにボルテを抱きます。

これですね~。

昔、ボルテを救い出したテムジンが自分を抱いてはくれずに、ジャムカとくっついて眠っていた。。。

でもあの時、テムジンがジャムカと寝ないでボルテを抱き寄せていれば、二人の友情ももっとちがう育み方をしたのかもしれない。

そうしたら歴史はまったく違ったものになったかもしれない。

どんな英雄であっても色恋、女の存在がその人に多大な影響を与える、ときには歴史さえ塗り替える。

洋の東西を問わず、歴史のかげに女ありです。

しかし「モンゴル」ではそれがイヤらしくなく、純度の高い魂にまで高められているんですから素晴らしいです。

そう思うとこの映画、視点のオリジナリティーに驚きを感じます。

オリジナルなボドロフ監督、オリジナルな浅野忠信、

良いものを観させていただきました.

ボドロフ監督ったら映画のプロモーションで来日していた時には「僕は浅野に会った瞬間、恋をしたんです」っておっしゃっていたりして。

戦いを描く歴史大作というコワモテな映画に女子をいかに取り込むか。。。監督、なかなかわかっていらっしゃいますね(^^)。

そういう監督の持ち味であるお茶目な甘さが隠し味の歴史大作はうるさ型の映画ファンにもお奨めでございます。

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2008年4月 7日 (月)

劒岳 点の記 ~素晴らしき映画バカたち・・・・メイキング映像を見て。

080418_202349_m 来年公開の映画、「劒岳 点の記」、

映画化不可能とされ続けてきた新田次郎の原作の映画化、

とっても気になっている映画のひとつです。

公式サイトこちら

映画化不可能といわれた立山連峰、剣岳でのロケというとそれはそうでしょう。

本物の登山者だってたいへんな山(というのだけは登山者ではない私でも知ってます)ですものね。

特撮いっさいなしという。

しかも、その監督は木村大作氏。

私なんかは、「そんな厳しいところに登らなくても。。。もっとラクな山を剣岳にみたてりゃいいのに」とか、「別個に撮影した山とセットでの撮影をうまく組合せりゃいいじゃないの」とか思わないわけでもないわね。

でも、

それでも本物に登り、本物の苦労をして、本物の汗を撮る!

すごい、素晴らしい。

映画人たちの意地と誇りと熱い情熱を感じて、いっそ気高く潔く思います。

木村大作氏は70歳近いはず、そのお年で標高2800メートルぐらいのところでの撮影、一日10キロぐらい登りながら撮影する日もあるって(絶句)

さらに驚きなのが、この映画は順撮りだということ(@@)

脚本のとおりに順番に撮る。

標高2800メートルで撮ったら、こんどは下りてきて町中で撮影して、またこんどは2800メートルに上って撮る。。。。という。

普通高い山に登ったら、ついでにそこでの場面は全部撮ってしまうでしょう。

それを順撮りとは。

あーなんという人たちでしょう。

まるで映画バカですよね。CGというものが普通に使われこの時代に正気の沙汰じゃないですよね。

明治時代、前人未到であった剣岳に、地図の三角点をたてるために、命をかけて登る政府の測量技官と山案内の男。

その人たちの苦労を、なるべく追体験しながら、ほんとうに汗水たらして疲れてぼろぼろにならなきゃ。。。ごもっともです。

山を当時の人の目線で捉えるためには空撮も特撮もつかっちゃいけない。。。ごもっともです。

特撮でなんでも可能になったこの時代だからこそ、それはロマンをかきたててくれる。

アナログであることをイコール本物、とは思いませんが

すくなくとも、映画を愛してやまない映画バカたちの真心に胸うたれます。

撮影期間は2年にわたり、昨年秋でいったん終了していたのを、この3月からまた再会しているそうです。

そのメイキング映像の一部がなんと映画館のロビーで贅沢にも流されていました!

一昨日、「なにをやってるのかな」と大きなプラズマ画面の前で立ち止まってなにげにぼーっとしてると、岩肌を登っている男たちの集団が映しだされ・・・

やがて香川照之、木村大作監督、浅野忠信が映し出されるではありませんか

ほんとうにやってる。。。ほんとうに登ってる。ほんとに本物!!

重い機材を担いだスタッフたち、キャストの香川さんも浅野さんも、体中から塩を噴出させて登ってるんですよ。

木村大作監督なんてあの高齢で(絶句)。

映画の完成と共に果てるぐらいの覚悟で撮っていらっしゃるのね。

山小屋から山小屋へと渡り歩き、撮影を重ねる皆さん。

山小屋から山小屋って、、、立山連峰の本物の登山者が使う本物のコースなんですね(また絶句)。

本物の登山者ではない撮影隊は予定の時間よりずいぶん時間がかかるでしょう。

何キロも何時間も難所を登り、そしてようやく山小屋について。

そこからが撮影隊の本番。

山小屋についたぞーといってそこで、やれやれと寝っころがるわけにはいかないのね。

浅野さんと香川さんは衣装に着替え、スタッフは機材をセットし、ようやく撮影となる。

そして山小屋で全員が寝食を共にする。

なんという映画でしょう。。。

映画に全身全霊を捧げる映画人たちの熱い思いが伝わってきます。

映画ならではの映画になるでしょう。

来年の公開を思うと胸が高鳴ります。

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2008年4月 6日 (日)

モンゴル MONGOL~セルゲイ・ボドロフ×浅野忠信×スン・ホンレイ=映画館でね!素晴らしい!

Mongol_ver2

セルゲイ・ボドロフ監督作の感想 ここ、ここ、

浅野忠信出演作の感想 ここここここここここここ

「モンゴル」に関するマイ記事は ここ ここここ ここ ここ

 ※  ※  ※

「MONGOL」。

素晴らしかったです~(感動)。

最後の合戦シーンでは息がとまっちゃった、胸がパンパンになっちゃった、こういうのが観たかったのよぉぉぉぉお。

セルゲイ・ボドロフ監督ありがとう!また劇場へ行くわよ。

冒頭の西夏王国の場面、肉を切って生肉を鍋に入れる・・・画面から臓物や血の匂いがにおってきそう。

その臨場感に一瞬で包まれ、ぐいっといっきに12世にタイムスリップだわ。

見事な映像で、これから始まる二時間の裏切らないすごさを感じ取って私はそこでもうゾクゾクしていた。

静と動がまるで人の体を流れる静脈と動脈のように、モンゴルの厳しく雄大な大地の中でふつふつと人の命を滾らせている。

生の傍らにすぐ死があり、けれどモンゴルの掟で子供は大きくなるまで殺してはいけないという。。。

カザフスタン・ドイツ・ロシア・モンゴル合作のカザフスタン映画。

モンゴルにとってたぶん最大の英雄であるチンギス・ハーンを、いや、世界史の中でもひときわ異彩を放つカリスマの若き日を演じるのに堂々として風格があり、大きな存在感を放つ浅野忠信って、いったい何者?! 

ほんとミラクルな俳優だわ。

チンギスハーンに関しては後世の評価は分かれるところで、そこのところでひじょうにバランスのとれた解釈だと思うの、この映画。

へんに祭り上げてはいないですよね。

遊牧民として自然と共生しながら育ち、血を流す戦いを繰り返し大帝国の礎を築いてゆくチンギスハーン。

そこにわかったような理屈をけっして差し挟まない。

浅野さんも身体性でもって喜怒哀楽を表現し、シンプルに演じているようだわ。

それがかえってその時代のカリスマの神秘性となる。

演じた浅野君も、演出も凄い!

ステレオタイプではないのよ。

それにモンゴル語だわ(@@)て、当然のことだけどそのモンゴル語、浅野さんの台詞もハンパじゃない気がしましたね。

オール外国人の大作映画の主役、しかもチンギスハーン@@畏れおおくもよくぞ演じきったね!!

騎馬民族に生まれたチンギスハーンだもの馬と一体にならなきゃ嘘でしょう~とばかりに、それもしっかりこなし、

戦闘シーンでは鬼気迫るド迫力と殺気、これもまた浅野忠信の本領でしょう。

そのいっぽうでチンギスハーンの優しさとその大きさを繊細に滲み出させる。

浅野忠信、すごいわよ、ほんと。

それからね、私は120分間ずーっとセルゲイボドロフ監督の演出にひれ伏してたわ。

息子さんの死を超えるためにもこの映画の困難さがあったのかもしれない。。。(とは私の想像ですが)

困難を自分に課すことで、ボドロフ監督は息子さんの死を乗り越えようとしたのかしら。

全身全霊をこめた監督の演出が多国籍キャストスタッフのこの映画に「自然の中で闘いながら生き抜く人々の魂」を焚きつけることができたんでしょうね。

それに堂々として見事にこたえてみせた主役の浅野忠信って。。。すごいわあ~~(凄い凄いってボキャ貧ですみません、だってほんとうに凄いんだもの)

モンゴル独特の発声法で唸りのように歌われ腹に響く“ホーミー”。

それに叙情的でもあり雄大でもあり、ドラマチックでもある音楽。

モンゴルの大地、空、川、移り変わる四季、太陽、夕焼け、闇、草原を駆け抜ける馬・・・、なんて贅沢な映画なんでしょう~。

12世紀初頭には世界の半分以上を支配した一大帝国を築いた誇り高きモンゴル人、チンギスハーン。

カリスマには数多の伝説がつきまとう。

だから歴史上の真の英雄はリアリズムだけで描ききってしまうより、現実からいくらか浮遊したファンタジー感覚を取り入れたほうがいいのよね。

いいのよね、というよりも、

通常ではありえないほどすごいことを成し遂げた人物を描くのに、凡人のリアリティーではなかなか描ききれないんじゃないかしら。

そこを説明するのが呪術的、神話的、民話的な要素だったりするんですよね

チンギスハーンの伝説的な部分や神秘的な部分をそれらの要素で思いっきりよく片付けてしまうの。

ご都合主義ではありません。

だって時間的なことひとつとったって、ヨーロッパにまで及ぶほどの帝国を一代で築いたチンギスハーンに我々の時間は通用しないのよ。

凡人からみたらハーンの存在そのものがファンタジーだっていってもいいでしょう

髭ぼうぼうで風雨にさらされ汚れていても、風格と品格を損なうことのない浅野さんからはいつも綺麗な気が発せられていて、カリスマの若き日にぴったり!

ボドロフ監督の選択眼の確かさに唸らされちゃいます。

盟友ジャムカ役のスン・ホンレイの演技は芝居がかった達者な演技なの。それが草原の覇者として敵対しなければならなくなる好対照としてとても面白かった。

ジャムカとテムジンの関係もとてもドラマチックで見ごたえがある。

9歳のチンギスハーンが父親と将来の嫁探しに行くくだりから、つかみはばっちり。

5~6人の嫁候補を並ばせて選ぶの。9歳の子がよ(@@)

このエピソードは瑞々しくて、顔もほころんでしまうの。

出てくる人出てくる人、みんな馬を乗りこなす姿がかっこいいんだわ。

殺伐とした合戦シーンでは血しぶきにビビってずーっと目を覆ってたり。。

合戦といえば最後の合戦ではチンギスハーンの戦法にしびれちゃった。かっこよくて。

先鋒の二刀流、ヴィジュアルとしてのかっこよさは映画史に残るんじゃないかしら?

あのシーンまるごとすごくセクシーです。完璧に私、やられましたっ。

それからチンギスハーンがいかにして世界の半分を支配するほどの一大帝国を築いたか?いか人心をひきつけ、いかに掌握したか?

その答えもはっきりここに描かれてました。とてもわかりやすく。

それは激動の時代を生きるサラリーマンはもとより、混迷を極める政治家たちにとっても興味深いと思うわ。

チンギスハーンの生き方や掟が示す真のリーダーたるものの極意を観てくださいませ。

そしてまた人間と自然との関係。 シンプルに生きること。

そうそう、妻がさらわれて助けにいったら妻が身篭ってる。大概の男は「誰の子だ?」なーんて妻を問い詰めたり、もしくは冷たく無視したりするんだろうけど、チンギスハーンはそうじゃない。

とっても優しく妻との再会を喜び、おなかの子供は我が子としておおらかに受け入れる。

なんてシンプルなんだろう。

そんな夫を時には叱咤激励する妻、時には彼を救うために身を売る妻、強い女であり強い意志を持った女なの、女に非現実的なアクションをさせずとも、究極の強さを女に与えたてんでもこの映画はすごく魅力的だわ。

「俺はよき妻を選んだ」と言うハーンにボルテが「私があなたを選んだのよ」という。その言葉にハーンがとてもいい笑顔を返す。

ボルテ、究極のあげまんという。。。

そこらへんがチンギスハーンを描いてこの映画、とっても現代に通じるっていうのかしら。

とにかくこの映画は映画館の大画面で観なきゃだめ!

ぜひ映画館で観ることをおすすめしますわ。

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2008年4月 4日 (金)

サッド・ヴァケイション~浅野忠信とオダギリジョー、お次は「聖なる黒夜」でいかが?

いや、なにっ、このインタビューは。

くすぐられる。

「妙にリラックスするんですよね、ジョーくんといると(きゅん)、何やってもジョー君だったら許せちゃうという感情があって(きゅん)」

「浅野さんと会えることが嬉しいんですよね(きゅん)、すごく楽しいし尊敬できる先輩なのですごく楽しみにしてました(きゅん)」

だよ。

「サッド・ヴァケイション」の特典ディスクのほうのインタビュー、いいなあ~これ。

共演場面は少なかったわりに二人のシーンがものすごく心地良かった「サッド・ヴァケイション」

「アカルイミライ」の時よりも共演場面がずっといい感じ。

そのわけは上記のインタビュー映像を観て納得だわ。

これ交互に収録されてるからまるでラブレターみたいなのね。

しかも二人とも、とくにジョーくんのほうの表情がはにかんだようなテレたようなで胸キュンぶりがもろ見えなのが可愛い(^^)

二人の共演場面が「アカルイミライ」の時よりもずっといいのは

オダギリジョーが「アカルイミライ」以来、俳優として自信がついてきて余裕ができてきたのも大きな理由だと思うわよ。

「アカルイミライ」の時には、自然にしなきゃと不必要な力がはいっていて、自然体はまだぎこちなかったと思ったから。

でもそのぶん、浅野さんの懐深い受けにジョーくんがふわっと落ちてどこかでジョーくんが「いやいや」って抗ってるみたいな空気を感じて、それはそれで美味しかったっけ。

でも「サッド・ヴァケイション」ではジョーくんは「いやいや」してなくて、互角に絡まってるの。

まるでパスタによく絡まったチーズみたいで、ワインがほしくなっちゃった・・・そりゃあもう~(*^^*)

「ジョー君ならなんでも許せる」「浅野さんと会えるのが嬉しい」だもん、早く再共演してくださいな。

パスタに絡まるチーズみたいに、チーズが絡まるパスタみたいに、どっちがチーズでどっちがパスタかな、

とふと、あの本、柴田よしきさんの「聖なる黒夜」、あれの映画化ってどうかな?

男娼上がりの経済マフィア、山内。

昔はその主人公は浅野くんだーって思ってたけど、今ならかなり妥協してジョーくんでもいいかな。

浅野くんは事件を追う主人公、麻生。

いや、ここはやっぱり妥協しないで男娼上がりのヤクザは浅野くんで、そのヤクザが可愛がる若者がジョーくんってどうかな。。ジョーくんの顔立ちってお小姓っぽいから。

て、ちょーっと昼間っからなに想像たくまししてんのかしら(^^;)

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2008年4月 3日 (木)

モンゴル~横綱・白鵬といっしょに見る

Mongol7_4 というイベントがあるそうですよ。

(「モンゴル」に関するマイ記事は ここ ここここ ここ ここ

以下、配信されてきた「モンゴル・ニュース」です。

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┃■緊急告知!!
 ┃ 4月22日(火) 横綱・白鵬関舞台挨拶決定!!
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 横綱・白鵬関と一緒に『モンゴル』を見よう!
 上映終了後、横綱白鵬関の舞台挨拶あり!

  場所:新宿バルト9 シアター9
  日時:4月22日(火)13:30~15:35
  ゲスト:横綱・白鵬関(予定)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「モンゴル」の日本人出演者は浅野さんただ一人で

しかも浅野さんは今「剣岳 点の記」の撮影で立山連峰を移動しながらの

過酷なロケの真っ最中らしいので

「モンゴル」のために劇場で舞台挨拶やトークショーをやりたいところだと思うんだけど

ままならないんでしょうね。

そんな「モンゴル」に強力な助っ人ですね~あー嬉しい。

モンゴル力士さんたちにお手伝いしてもらうの、すごく良い企画ですね。

映画「モンゴル」、見れば見るほど、映っているものすべてが素晴らしくて、

画面は芸術的ですよね、

アートな図鑑、アートな博物館ともいうべき精緻さね。

物語のほうは章にわかれた読みやすい“おはなし”風で

誰にでもわかりやすくて、そしてエンターティメント要素たっぷり。

音楽もどれも印象的。

その映画を横綱と一緒に見るという企画はとても素敵ですね。

上映後の横綱の舞台挨拶、聞いてみたいなあ。

「モンゴル」の中で子供達がモンゴル相撲をとってるシーンがあるんですけどあそこも大好きなところだわ。

“朝青龍と一緒に見よう”もやってくれないかしら。

その次は“安馬と一緒に見よう”とか。

安馬の四股名についてる“馬”という一文字に騎馬民族モンゴル人の誇りを感じるので、

ぜひこの映画の馬名場面などについて安馬関のお話もきいてみたいわ。

それに安馬関は絵描きさんでもあるでしょう、映画「モンゴル」の素晴らしい映像がとらえるモンゴルの風景についてもきっと素敵なお話をしてくれると思うな。

こうして映画「モンゴル」が盛り上がってくれるのが、映画に惚れた者としてはとっても嬉しいわ~♪

・・・にしても、映画館の座席に横綱、座れるんでしょうか?

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2008年4月 2日 (水)

「モンゴル」サントラCD~米国6月3日発売♪

歴史ジャンルとしてはここ数年で最高に気に入った「モンゴル」。

詩でしたものね~映像の叙事詩。

音楽も詩的で深い映像をさらに美しく感動的に彩ってたなあ~。

「モンゴル」のサントラCD欲しいなあ~。

しかし、日本ではサントラが作られてないのね。

フィンランドの音楽家Tuomas Kantelinen作曲のスコアはどれも素晴らしいのにね。

日本の俳優が主役を演じているのに日本ではサントラCDが売られてないという悲惨。

ロシア・カザフスタンの映画がシネコンで公開になったということだけでも珍事だろうから、サントラCDまでは望むべくもないのか。。。

サントラCDは出てない、公式サイトはお粗末、劇場パンフレットも中身スカスカ。

この映画、日本人の浅野さんが主役で、ロシアでは大ヒット、アカデミー外国語映画賞の候補にもなって、欧州各国では5月以降順次公開、今もトルコやフランスでは公開中という映画なのに。

どうなってんのね?

ということで探してみると、すでに公開されてヒットしたロシアやフィンランドではサントラCDが出てるのでした、当然ですけどね。

しかし日本からは入手し難そう。

で、さらに探すと。。。ありました!!

6月6日に全米700館以上で公開ということで、英語圏では6月3日にどーんと発売になるのですね。

こちらです。

http://www.varesesarabande.com/upcoming.asp

ちなみに、アメリカの「モンゴル」の公式サイトの充実ぶりも素晴らしい~。

http://www.mongolmovie.net/

とくに浅野さんページは細やかに作られてます

http://www.mongolmovie.net/en/about/main/asanotadanobu/

ついでに日本より一週間遅れて公開が始まったフランスの「モンゴル」公式サイト

http://www.mongol-lefilm.com/

これにあわせてフィガロ誌で浅野さんが表紙の「モンゴル特集」も組まれてるのね。

とみてくると、主役が日本人の浅野さんなのに日本がいちばんお粗末なようですわ。

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2008年3月29日 (土)

サッドヴァケイション~浅野忠信×石田えり×青山真治

(ネタバレ含みます)

「母性の怪物性」の怖さがよく出てましたね~。

この世に「母性」ほど怖いものはないでしょう。

私も母親なのでほんと思います。

母性って子に対してどこまでもしたたかなんですよ~、でもそれにブレーキをかけてくれる夫の存在があったのでよかったですけど、

そのブレーキが壊れてたり錆び付いていたりする家庭では、母性の暴走を止められなくなったりするんですね。

子育て中はけっこう自分のために叱ってること多かったし、露骨に傷つけることを言ったときもあるし、

でもそれってすべて「子供のため」という顔をしてれば世間では賞賛されることがあっても批判されることはないですからね。

そのことに自覚的になって自分をつねに諫めなければ、恐ろしい顔した母性が暴走しちゃう時があるんでしょう。

そんなことすら気づきもせず、「自分の母性愛は美しい」としか感じていない鈍感な母親も世の中には山のようにいるんですよね。

「私の母性は素晴らしい~」という文脈しか持ち合わせていない母親に出会うと、逆にこの人は何らかのトラウマがあって、母性の負の部分に蓋をかぶせてるのかな?って思うんですけどね。

母性ほど生々しい動物的本能はないと思うけどね。

その意味で母性ってけっきょくサバイバルの源っていうのかしら。

そのサバイバル性は今の時代なら「良い成績とらなきゃ生きていけないだろう」みたいな脅しになったりするんだけど

けっきょく、母親がすこしでも気持ちよく生きていくのに相応しい形に子供を押し込めようっていう風なことなのかな。

でもほら、それも「子供のためを思って」って言われたら返す言葉が出ないでしょう。怖いよね。

この映画の石田えり演じる千代子。健二(浅野忠信)の母親もまた自分のサバイバルのために子供を利用する。

それを、自分は息子たちを利用してるかもしれない?と省みることはいっさいない。

サバイバルのために子供を捨てたり引き寄せたり・・・・

その結果どうなった?

ひとりは死に、ひとりは刑務所。

ぞっとしますね。

そんな「サッドヴァケイション」、映画としては素晴らしく面白いんですけど、だからといって千代子にたいして「揺ぎないい母性」とか「大きな母性」って言うのはどうかと思うわ。

「大きな」っていうのは、子供の人格を認めて愛し、時がきたら離すことのできる「大きさ」であるはずで、こんな自分のために子供をいいように振り回して微動だにしない母親を「大きい」なんて言うなって。

女優・石田えりの大きさと、千代子の母性とをいっしょにして「大きさ」なんていったらいけません。

ここで描かれた千代子の母性はただのモンスターです。自己チュー極まりないわ。

しかしそのモンスターを、石田えりさん、一ミリもぶれることなく一貫して演じきったのは凄い、素晴らしい~!

いかにもモンスターでござーいと、見え見えになってしまう演技ならつまらないですからね。

ものすっごいハマリ役でした。

この映画は90年代を代表する映画の一本には間違いないあの「Helpless」の続編ということで、「Helpless」にかつて衝撃を受けた私は待ちわびていた映画です。

(Helplessのマイ記事はこちらです)

ただし「helpless」では主演の浅野忠信の稀有な才能にたいしてまずその驚きと衝撃がむかってしまう。

そのことを青山真治監督自身が著書の中で「浅野忠信の才能と拮抗できるようになったらまた創りたい(大意)」というようなことを書いていたんですが。

そりゃあね、そうでしょう。

「helpless」を観たら誰もが思うわ。。。。浅野忠信が監督を呑みこんでしまってるって。

そして10年の時を経て、満を持して作られたこの作品、

期待を良い意味で裏切ってくれると同時に、期待以上の面白さでした。

とても豊かなふくらみをもった作品ですもの。

監督の才能が、ふっくらと映画のすべてを包んでいるんですね。

浅野忠信と拮抗どころか、監督は監督です!

監督は浅野さんをちゃんと寄せ鍋のなかで料理しておりました。浅野さんの美味すぎる単品料理ではなかった。

「浅野と拮抗する」という約束を(て、私が勝手に青山真治ファンへのそれが約束だって思ってましたから^^;)120%果たされ、おつりがくるほどの作品です。

完璧な千代子像を作り上げた石田えりにたいしてその息子役の浅野忠信はっていうと、これまた10年の間の進化ぶりがいかんなく発揮されてましたねえ~。

浅野さんの場合は大勢の出演者のなかでなにもしなくても自然と光るアンサンブルにおける主役とういう今回の健二でしたから。

小さいときに自分を捨てて男と出て行った母を見つけて復讐したいと思いながら、けっきょくすべてを飲み込まれてしまう健二。

しかし大変ですよね~、息子のうちひとりは殺され、ひとりは殺人者になってしまうって。しかも被害者と加害者は異父兄弟って。

挟まれた父親役の中村嘉津男さん、この映画でいちばん難しい役ですね。たいへんだったでしょうね。いい演技を観させていただきました。

その中村嘉津男さんは間宮運送という運送会社を営んでいて、その運送会社の寮にいる人びともいいアンサンブルでした~

人生どん詰まりのところで、でも、人と人の繋がりを求めてそこにい続ける人たち・・・

寂しさとおびえと孤独とそれでも生きているという一縷の望みが交じり合い、不思議な空間を現しているのね。

最後の場面で男たちに降り注いだ水は、羊水でしたね?

(すべてのものに意味がある。観念的なところが気持ちよい、青山監督の次回作が早く観たい!)

そんな物語のなかに吹いている妙な爽やかさってなんなんでしょう?

どん底に落ちて上を見たらかすかに光がさしていたっていう、すがりつきたくなるような優しさっていうのかしら、ぬくもりっていうのかしら。

それからそれから、病み付きになりそうなシーンが三石研さんと斉藤陽一郎さんのあきおの部屋。あのシーンすごく可笑しかったです。いい味出してましたね。

それにしてもあの光石研さんは「Helpless」のときのヤスオさんではないんですから、いったいヤスオさんはどうしたんでしょう。とっても気になります。

観終わったらすぐにまた観なおしたくなります。

去年これを見てたら、2007年マイベスト邦画でした。

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2008年3月27日 (木)

モンゴル~6月6日英米公開初日!三部作なら「ゴッドファーザー」になるしかない?!

1_gセルゲイ・ボドロフ監督作の感想 ここ、ここ、

浅野忠信出演作の感想 ここここここここここここ

「モンゴル」に関するマイ記事は ここ ここここ ここ ここ

 ※  ※  ※            

「モンゴル」はこの6月6日に米国と英国でけっこうな規模で公開されますね。オーストラリアは6月5日。IMDbに詳しくのってます。

それによるとフランスは4月9日、ベルギーは5月7日、その後イスラエル、オランダ、ノルウェイ・・と公開が続きます。

ロシアとトルコ、カザフスタンではすでに公開されてまして、ロシアでは国内の映画賞なども受賞してるようです。カザフスタンではファミリーで劇場に行く人が多いようですね。

その全米劇場用予告編はこちらです

http://www.brightcove.tv/title.jsp?title=1478222746&channel=1214718128

ロシア人監督で日本人俳優が主役で言語はモンゴル語でという作品がってすごいです~(@@)

公開されるされると宣伝してほんとうにされたかどうか怪しい日本映画もあるけどそうじゃないんですよ。

これはすごい快挙!

でも、日本は資本提供していないまったくの外国映画だからか、非ハリウッド作品だからか、それとも芸術センスがなさすぎなのか、ハリウッド映画しかわからないからなのか、メディアの取り上げ方が弱いと思う。

金を出してないから関係ねー、なんでしょうかしら。

「モンゴル」はとても素晴らしい作品で観終わってからいっそう沸々としてくる。

「モンゴル」製作のことを知ったのは2年半ぐらい前だった。

そのときの海外メディアの情報では「モンゴル」は三部作になるということだった。

一部ではチンギスハーンが幼少名のテムジンとして盟友ジャムカと戦い勝利するところまでということで、実際、現在公開中の「モンゴル」はそうなっている。

ということはやはり二部、三部ははじめから構想されているということになる。

それにほら、そのポスターをクリックしてよくご覧になって。ポスターの題字の下に「PART1」とありますよ。

しかし巨額の制作費、そして映画を観た人なら一目でわかるあの影像美がどれほどの過酷な作業だったかということ。

そのようなことから、非英語圏の超大作は安易に続編にはかかれない。

そこで続編は棚上げになってたんじゃないでしょうか。

続編の話がおおっぴらに語られはじめたのには、昨秋からの国際映画祭で見本に出されて獲得した評判の高さや、アカデミー外国語映画賞候補になったことや、全米700数十館でこの6月に公開されることや、その他各国での公開がぞくぞく決定し前評判も高いことなどもあって次回作の制作費の調達も可能となったからではないかしら。

全米公開によりハリウッド資本がこの魅力的な映画に心動かされ多額の出資をしてくるのかもしれない。

数年に一本あるかないかのこれだけ優れた歴史もの、しか非英語映画で、あくまでもモンゴルが舞台でモンゴル語の映画で主役が日本人俳優、それを米国と英国で同じ日にいっきに公開というのは、私のン十年になる映画ファン歴のなかでも信じがたいほどのすごいことなのだわ。

だってそうでしょう、アジアやヨーロッパの映画はアメリカでは自分のところで英語でリメイクしちゃいがちでしょう。

日本人が主役の映画がそこまでの規模で英米でいっき公開になるのは初めてのことなのですって。。。夢のようではありませんか。

今作の「モンゴル」が良いのでつい次回作を勝手に先走って想像してるのですが。。

「モンゴル」が三部作になったらきっと「ゴッドファーザー」になる!と思い切ってこのさい言っちゃおう。

私の知り合いは「ロードオブザリング」と言うんですけど、私は「ゴッドファーザー」。

どうしてかっていいますと

映画の終わりのほうで青年テムジンがジャムカとの合戦後にみせる抑えた渋い内面の迫力と上に立つ者の孤高さが、「ゴッドファーザー」で最後にアル・パチーノが見せる上に立つことと引き換えに引き受けねばならない孤独さと重なったからなの。

孤独だからよけい家族にいっそうの愛と執着をみせたゴッドファーザー。

「モンゴル」の続編では大きくなったハーンの息子、ジュチとの相克を抜きにドラマは描けないと思うから。

そしてハーンの娘もまたなさぬ仲として深い葛藤を抱くでしょうし。

「ゴッドファーザー三部作」のなかでもとくに深く重厚な「Ⅱ」のような家族のドラマを期待してしまう。

その一方で、息子共々モンゴル帝国のさらなる勢力拡大のために戦って戦って戦いまくるチンギスハーン。

3部作ではついにトルコのほうまで勢力を伸ばしてヨーロッパ人と戦う、その頃にはハーンの心は妻にも理解されない、支配者の孤独と罪深さを背負った人間になっている。

という。。。。偉大なシリーズ映画「ゴッドファーザー」をなぞっての勝手な想像だけど

そんな想像をいくらでもかきたてる「モンゴル」のその後。

3部作始動させてください!

ハーン演じる浅野忠信がハーンをどのように変化させていくかにもものすごくそそられるし、セルゲイ・ボドロフ監督の叙情と厳しさのバランスがどんなふうにさじ加減を変えていくか興味は尽きないから。

といっても60代のハーン浅野忠信が続けてやるのは不可能かしら?

でもマーロン・ブランドがゴッドファーザーを演じたのはたしか40歳なるかならないかではなかったかしら。。。

浅野忠信ならくさくなくできるんだろうなあって思うわ。

見ようによっちゃかなりジジくさい顔でもあるし。

セルゲイボドロフ監督と浅野忠信は共に引き出しを無尽蔵に蓄えている。

あれほどの映画のなかで、まだまだ余裕がある。

しかし壮大すぎるかしら・・・チンギスハーンの一生は。

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2008年3月26日 (水)

「剣岳 点の記」~本物の岳人たちも期待する

4月13日に練馬に住んでる人はすごく羨ましい~。

札幌にいる私は涎垂らして指くわえてるしかないのよ。。。

2009年公開の映画「剣岳 点の記」の、昨年にロケ終えている一部シーンのメイキング映像などを30分だけ一足先に限定100名にみせてくれるんですって。

おまけ付きですって。おまけってなによ?

ブロガーの皆様、ぜひ行かれてブログでご報告してくださいませ~

場所はT・ジョイ大泉。(練馬区)。4月13日。

詳しくはこちらの「剣岳 点の記」のオフィシャルサイトをどうぞ。

http://www.tsurugidake.jp/

新田次郎の原作で、日ロ戦争直後、未踏の北アルプスの劔岳山頂に三角点を埋設する測量官の人間ドラマとのこと。

ロケは剣岳、立山連峰で昨年から200日間の予定で何期かにわけて行われているのね。

CG一切使わないということで山岳ロケとしてはいままでにない危険で過酷な撮影をしているんですって。

山岳関係のブログを検索すると、登山の最中にこの撮影の一行に出会ったという記事をいくつか見かけるんですが、どのブログの方も感触良さげです。

主演の測量技官を浅野忠信、山案内人を香川照之。そのほかのキャスは浅野の妻を宮崎あおい、ほかに役所広司、中村トオル、松田龍平。

監督が面白い。木村大作さん。

木村大作さんといえば撮影監督として数多の日本映画の名作を撮ってきた人、と同時にそうとうはじけた喋りが面白過ぎるぐらい面白い人としても有名ですよね。

役者の顔ぶれといい監督といい、そして超過酷な山岳ものといい、楽しみでしょうがない映画ですわ。

どんな画面に仕上がってきてるのか一部でもいいから観たかったんですけどね~あー4月13日の大泉、練馬、T・ジョイ大泉。

本物の山男(山女)たちが今度こそは本物の山の映像をと期待している「剣岳 点の記」、標高2600メートル前後のところでずーーーっと、そして一日10キロも歩いたりして撮影を続けるそうなので、山を知らない私も期待させてもらいましょっと。

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2008年1月24日 (木)

浅野忠信主演の「MONGOL」がアカデミー賞外国映画賞ノミネート

K_025_m うわおっ。

以前にもこちらで取り上げましたセルゲイ・ボドロフ監督の「MONGOL」ですが、アカデミー賞外国語映画賞のノミネート作品5作品のひとつに選ばれたそうで、主演の浅野忠信の大ファンの私、今夜は興奮しています。

「モンゴル」オフィシャルサイト(英語)

YouTube 「Making of Mongol」(ロシア語)

(セルゲイ・ボドロフ監督の「コーカサスの虜」のマイ記事)

ところで私が浅野忠信さんファンなわけは

とにかく芝居がおもしろいから。

浅野さんの稀有な演技にはしょっちゅう「へええ~~~」って感心させられている。

浅野さんの芝居のあり方がじつに面白い。

今週末に日本全国津々浦々公開される山田洋次監督の「母べえ」ではスクリーンの中には今まで観たことがないような新しい浅野さんが映ってるという評がけっこう多いみたいなんですけどね、

以前から浅野さんの演技をよく観てきた人にとってはそれってちょっと違うかなって思っちゃうんじゃないかしら。。

「母べえ」公式サイト

ようするに、とっても飄々として好青年で、面白くて素直で、じつにいい人・・・ということらしいのね。

ということは、「母べえ」は未見だけど、それってまさに浅野忠信さんらしい演技なんじゃないのって思えちゃうのよね。

「青春デンデケデケデケ」の田舎でちょっとかっこいいけど素朴で可愛い高校生もそうだったし、

「119」でこれまたのどかな田舎町の消防署の若くておっとりした消防隊員もそうだった。

「父と暮らせば」なんてまるで容姿からして「母べえ」とよく似ているでしょ。

飄々として穏やかで人の良さそうな存在感。いつもニコニコ。ほのぼの~~~とした空気がたちのぼる。

いるだけで和む、という、そういう浅野さんが映っているらしい「母べえ」。

浅野ファンにしたら、新しいというより、ひさしぶりにまたそんな浅野さんが観れて嬉しいなあ~って感じじゃないかと思うんですけどねえ。

そういう意味で「母べえ」とっても楽しみ♪浅野さんを観るってことで。

あっ「母べえ」のほうはベルリン映画祭に出品が決まり吉永小百合さんと浅野さんはベルリンに出席するそうで、ここでも浅野さん、助演男優賞とかとってくれないかしらね。

しかしセルゲイボドロフの「MONGOL」のほうの浅野さんはがらっと違うのね。

戦闘シーンでの殺気溢れるチンギスハーンの表情からは緊張感ピリピリ放射されていて、圧倒されそう。

その「MONGOL」、ここまできたらアカデミー賞外国語映画賞の最優秀賞になってほしいな。

この6月だか7月に全米700館以上で公開されるという「MONGOL」。

日本人俳優が主演でそれだけの劇場数で公開されるのは初めてのことなんだそうですね。

2年がかりで撮影されたという「MONGOL」、日本でも早く観たいわ。

監督はセルゲイ・ボドロフ監督だものモンゴルの自然描写もそして人間の葛藤も、そしてアクション場面も深く描いているんじゃないかしら。

あー楽しみ。

浅野さん、ここ数年、海外の映画に出てはベネチア映画の男優賞を受賞したりと外国での活躍が多かったんだけど、これからしばらくは日本のスクリーンでしっかり見せてくれそうで嬉しい。

来年公開の大作「剣岳~点の記」もすご~~~~い楽しみ。

原作も買ったけどやっぱり映画観るまで封印しとこうかしら。

「剣岳~点の記」の公式サイトはこちらね

浅野ファンには嬉しい2008年の始まりです~。

次回はすこしまとめて浅野さん出演映画について御紹介しようかしら、

私の最も好きな映画のひとつ「風花」や「PARTY7」のことなど。

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2007年2月23日 (金)

Helpless~続篇か青山真治監督×浅野忠信×オダギリジョーで(*^0^*)

Helpless 映画ファンの間では語りぐさになっているともいえるほどの、すごい演技を浅野忠信がみせてくれた・・

忘れられない鮮烈な映画が96年の「Helpless」です。

青山真治監督の才能と、浅野忠信の才能があわさり、それがすごい化学作用を起こして、強烈な緊張感と静謐さと透明と暴力の結晶を生むのね。

ひとつの時代の空気を映像にやきつけた青山真治監督はこれがあまりにも良かったので、その後「ユリイカ」でさえ私には物足りなかったわ。

低予算でしょうに大胆にも北九州の空撮からはいる冒頭から不穏なものがちらつく。

あくまでも青い空であるにもかかわらず。

工業地帯特有の大企業から下請けに至るまでの、若者にとってはもうそれしか選択肢がないかもしれないと思わせるヒエラルキーが作品のベースに織り込まれ、夢や希望を見いだしにくい、行き止まり感が漂うからかもしれない。

父親が精神を患い入院している、高校生・健次(浅野)の孤独感と焦燥が静かな姿からしみ出てくる。

高校の3年だ、就職も目の前、自分も父と同じように鉄工所に勤めるのだろうか・・労働者の子供は労働者に・・、健次の苛立ちがひりひりとこぼれる。

健二の幼なじみで年上のチンピラ安男(光石研)、安男の妹で知的障害者のユリ(辻香織里)、それに健次の同級生と、喫茶店の店主と妻。

ほとんどそれだけの登場人物。シーンの3分の2以上が喫茶店のなかに限定される。

その限局されたミニマムな空間で、圧倒的な演技で画面も観客も支配してしまう浅野忠信にはびっくりしましたよ~ほんとに。言葉を飲み込むってこのことね。

普通の少年の、瞬間的にむき出しになる憎悪や暴力には理由はつけられず、えたいもわからない。

そして次の瞬間には知的障害の女の子に気長に接する優しい少年の顔になる。

この映画がいいなあと思うのは、圧倒的に演じられる暴力の前後の、淡々として退屈な日常の描き方や演じ方が絵としてとってもきれいなことかな。

高校生が枠からはずれて、いっきに世間の外へと飛び出てしまう。

だけど普通にわかりやすい不良という記号にもあてはまらない。

普通なの、普通すぎるほど普通にしながら一瞬ぷつんと切れる、それが映画としてヴィジュアル的に高いレベルで美しいきれっぷり。

いまだにこのての高校生を演じて、「Helpless」の浅野忠信を超えてる芝居を見たことがないわ。

この映画の続篇のようなものを青山真治監督、こんど制作することになったそうです。

ニュース・ソースはこちらです

(「どろろ」続篇といいこれといい、ほんとに嬉しいわ)。

その映画の題はいまのところ「Sad Vacation」というのだそうで、「Helpless」にでていたキャラと同名のキャラが登場、俳優さんたちも同じ人が出てくるそうなんです。

そして、新しい登場人物としてでることになったのがオダギリジョーさん。

ということは「アカルイミライ」のときの浅野さんとオダジョーを思い出してしまいます、きれいなカップル、あ、カップルにしちゃいけないんでした。

でもそうであっても良かったほどの男二人であったんですよねえ~。

「アカルイミライ」がフィルメックス映画祭で上映されたときは、ナマの二人+藤竜也さんを拝ませていただきましたわ。

鮮烈に記憶される「Helpless」の続篇ともいえる映画での二人の再共演、熱い男同士の絆であったらいいなあと思ってしまう。

はてさて、いかがなものができあがるのでしょうか。

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2007年2月20日 (火)

MONGOL,モンゴル~チンギス・ハンの年ですね  セルゲイ・ボドロフ監督×浅野忠信♪

セルゲイ・ボドロフ監督作の感想 ここ、ここ、

浅野忠信出演作の感想 ここここここここここここ

「モンゴル」に関するマイ記事は ここ ここここ ここ ここ

 ※  ※  ※       

チンギス・ハーンの映画です。「MONGOL」
「MONGOL」はロシア、ドイツ・カザフスタン合作の超大作で全編モンゴル語!
それについての記事はこちらをご覧ください。
一足さきに「MONGOL」映像を観たい方はこちらをどうぞ。
Mongol_poster_2
YOUTUBEにメイキング映像二本がUPされてましたわ。
この春に北米、カナダでは「MONGOL」が公開されるのね。
ロシア語圏やドイツでもその頃公開かな、言語ツールの問題でそこらへん把握できてなくて。
生なままですごい迫力と緊迫感じゃないですか?
やっぱりさ「ココシリ」しかり、「キャラバン」しかり、言葉から空気から面構えから入るものって大きいわね。
心がざわめいちゃうわ。
「MONGOL」は俳優たちは浅野さん以外モンゴルや中国の方たちらしい。言語はモンゴル語。
というような情報はこちらIMDbをみてくださいませ。
すべてあちらの本場な人々だわ、言葉はすべてモンゴル語だわって、そりゃあ素材がすべて本物だから風景、人を観てるだけでも堪能できそう。期待しないでいられません。
セルゲイ・ボドロフ監督といえば日本でもっとも一般的に知られるのは「コーカサスの虜」かな。
これは感動したという人が多いでしょう。素晴らしい名作です。
社会や歴史にたいする批判精神もありつつ、スタイリッシュでもあり、ロマンチックでもあるし、とっても守備範囲の広い監督さんかな と思うのですが。
「ベアーズ・キス」は大人のおとぎ話風であり、風刺とロマンがあふれ、せつない幻想的な映画だった。
脚本だけを担当した「イースト/ウエスト遙かなる祖国」も良かったですよね。
セルゲイ・ボドロフ監督の映画に浅野忠信が主演するようになるなんて二年前までは想像もつかなかったわ。
「バベル」の菊地凛子の記事でも触れたけど、あの事務所はほんとすごいなあ~。
菊池凛子は次回作もハリウッドでがんばるらしく、レイチェル・ワイズとエイドリアン・ブロディと共演ですってね。
浅野忠信の海外での次回作も気になる気になる。
王家衛監督からはじまって、ペンエーグ・ラッタナルアーン監督、ホウ・シャオシェン監督を経て、セルゲイ・ボドロフ監督ときたら次はいったいどこの国のどんな監督と組むんだろう。
とりあえず日本では「MONGOL」公開いつになるのか、待ち遠しいわ。
その前に予習として「蒼き狼」ですね。はいはい。

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2006年8月18日 (金)

御法度~衆道(君はそのけがあるのか?)

A9_9 新撰組のなかに

←こんな18歳の男の子をいれてみて

はてさて、男たちの世界にどんな波紋が広がるか?!

と、それを映画化した大島渚監督、さ~すが「愛のコリーダ」の監督ですね。

誰がということではなくて、画面全体から男たちのエロティシズムが匂ってくる。

男だけの世界で、男同士が誰が好きだの、誰と誰があやしいの、誰に嫉妬しただの・・・と繰り広げる。

その世界が映像芸術として隠微によく描けてること。

とはいえ、原作は司馬遼太郎、「新撰組血風録」に収録されている「前髪の惣三郎」「三条磧乱刃」。

ですから、時代背景、新撰組の当時の事情なども抜かりなく。

「君はそのけがあるのか?」という崔洋一監督の台詞で「おいおい、そんな話なのー!」とびっくりした夫も、けっきょくは、巧みに構築された様式美や映画の底に地響き立てて迫ってくるのが感じられる歴史のうねりなどに引かれて観てしまい、面白かったそう。

とにかく映画としての作りが素晴らしいです~。

色、音、影、空気、などが最高。

美術、撮影、衣装、音、どれをとっても一流の粋。

Gohatto6 ←道場で、黒っぽい画面のなかに男たちの素足が艶かしい。

ひとりの少年が入隊してきたことで、厳しい戒律の新撰組にやがて《衆道》(ホモセクシャル)の風が吹き荒れる。

おっと、観る前にご注意を。「御法度」のキャスティングはかなりユニークです。

土方歳三がタケシさん、近藤勇が崔洋一さんと。

マイワールドな新撰組を妄想している人はそれに慣れるまでたいへんかしら。

天下国家を論じる血の匂いぷんぷんの男たちの、ひそひそこそこその《衆道》な様子の対比もおもしろいですう。

一流の粋を結集した画面のなかに、《衆道》とはまた大島監督の贅沢な遊びに酔わされる。

Gohatto_kano

さてさて、新撰組における《衆道》の季節はいかにして過ぎ去っていくのか?

黒がきりりと美しい映像美。空気は耽美でありながら端正そのもの。

Gohatto

(←加納(松田)への愛をストレートに表していた田代(浅野)の最後がせつない)

大島渚監督の反骨精神、かっこいい。

新撰組で、大作で、堂々とホモセクシャルをテーマにできる監督は世界ひろしといえどあまりいらっしゃらないでしょう。

しかもそれが世界から公開を期待されて待たれるなんてね。

萌初心者「衆道」入門編としても、また、「衆道」マニアック編としても、細かいところにツボを練りこんでます。

そのせいか、この映画が公開当時、「御法度」リピーターと化した女性ファンを『ゴハッター』としてワイドショーが取材するほど。

なかにはカンヌ映画祭にまで追っかけした『ゴハッター』がいたんです。

はまる人はめちゃめちゃはまる。

まったく興味がない人はアートな映像美からしてもうダメって感じじゃないかしら。

私は正直、松田龍平のお顔がいまいち好みじゃなくて・・、だからといって、それでこの映画の良さは減じませんが。。

まことに大人の映画を作れる気骨溢れる大島監督の新作はもうありえないのかしら。それがとてもさびしい。

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2006年8月15日 (火)

地雷を踏んだらサヨウナラ

Freerancer_01_01 70年代初頭、カメラを持って日本からカンボジアへ渡っていった若者がいた。

←一之瀬泰造、戦場カメラマン。

73年にカンボジア人の親友に「地雷を踏んだらサヨウナラ」と言い残し、クメール軍の聖地であったアンコールワットを目指して出かけたタイゾーは、二度と戻ってこなかった。

25歳だった。

その後1982年にアンコールワット近くの村で、両親によってその死が確認された。

タイゾーはなにを目指したのか?

映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」はそんな一之瀬泰造の閃光のような人生を描いているのね。

(←こちらは映画でタイゾー演じる浅野忠信、そっくり@@)

映画は説明を与えず、それ以上に雄弁にタイゾーの行動と表情を映し出していくの

そこから読み取る答えは観た人ひとりひとりちがうんじゃないかしら。

でも、一見無鉄砲で生き急いだようにみえるタイゾーの生き方には誰もが強烈に何かを喚起させられるパワーがあるよう。

戦場を駆け抜け25年の短い生涯を閉じた若者の熱い生き様に、五十嵐匠監督はひたすら伴走しようとしたみたい。

その結果、タイゾーがみた戦場が、彼が交わした人々との心の交流が、そこで感じた喜びヤ悲しみや、そして生と死が写しこまれ、戦争というものにも向き合わされることになる。

そして、際限なく繰り返され、人の命があっけなく奪われる、戦争の虚しさと悲しみに向き合わなければならなくなるのね。

その悲しみの奥からも、タイゾーの強烈な生き方が彼の笑顔とともに浮かび上がり、観るものをかりたてるのでしょう。

もっともっとVIVIDに生きなくちゃ、と最終的に肩を叩かれたような気がするもの。

命をかけることはできないけど、もうすこし熱く生きてみたいなと思わせてくれる。

彼はなぜもっとも危険といわれたアンコールワットに行こうとしたのか?

彼が戦場カメラマンを目指して海を渡った頃は、カメラマンとして名を上げたいという若者らしい功名心もあからさま、それがすごくリアリティーがあってこの映画のいいところです。

戦場で散ったカメラマン、ということで思いがちな偽善的な作り方ではないのね。

おそれを知らぬ大胆さにあきれながらも憎めない。

やがて、カンボジアからベトナムにも渡り、多くの死を見たときに、彼の中に恐れ(畏れ)が生まれてきたんじゃないかしら。

戦場の只中に建つアンコールワットの姿に彼は恐れ(畏れ)を受け止め、この世の悲劇をじっと見守り続ける強いなにかを感じたんじゃないかしら。

あそこに辿り着こう、あそこを撮ろうという思いはタイゾーのなかの、平和への希求と結びついたのではないかしら?

というのはもちろん私の印象。答えはみんな違うでしょうねえ~

一之瀬泰造を演じた浅野忠信がおそるべき自然体で、演技の後をすっかり消し去り、ここでもまた稀有な才能を見せつける。

Img8af0f215ct8sn3_1 一之瀬泰造というよく知られた個性的な実在のキャラを、気圧されることなく、堂々と自然体で演じきり、やっぱりすごいのねえ。

←現地の子供たちとのやりとりもまったくの自然。

台詞の95パーセントがカンボジア語、英語、ベトナム語、それをまたいつもの浅野節は変わらず飄々と喋ってしまう。

飄々としてるけど熱い。

熱いキャラ、熱い演技、というと普通の俳優は芝居そのものを熱くしがちでしょう。

でも浅野忠信はちがうのね。

外はごくごく普通に飄々と、でも中から熱い。

とにかく彼の自然体にはいつも驚かされますね。

音楽も素晴らしい。日本の映画音楽としてはそうとうに良質、さすが安川午郎さん、いつもいいお仕事してますね。

音楽がいいのでこの映画はDVDもサントラCDも買ってお宝にしている。

こちらが一之瀬泰造オフィシャルサイト

こちらが映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」サイト(以前はいろんなコンテンツがあったのですがいつのまにか写真だけになってました。99年の映画なので仕方ないか・・)

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2006年8月13日 (日)

青春デンデケデケデケ

Photo 日本映画ですう。「青春デンデケデケデケ」。

高校生ものでは、男の子映画の筆頭が「青春デンデケデケデケ」

女の子映画の筆頭は「桜の園」、私の好みのね~。

両作品とも、十代の繊細さが息づいていて美しいですう。

しかも「青春デンデケデケデケ」には男の子特有の純情が溢れ、笑いのなかに、日本人の優しさや人情がほっこり感じられるんです。

懐かしい歌満載なのもすごく楽しいのお。

Denndede2 たまに懐かしい歌に出会うと、肌がぷるぷるっとしちゃうわねえ~

肌が子供の頃に帰るというのかな~。

テケテケテケテケ~~ぷるぷるぷるぷる~~て。

1950年代の瀬戸内海に面した四国のとある町が舞台。

エレキギター、ベンチャーズのテケテケサウンド、

ロックミュージックに魅せられた4人の男子高校生が、まずは親を説得してバイトして楽器を買おうとするところからはじまる。

いやその前に、学校の軽音楽部の先生にエレキバンドの承認をもらわねば。

てなかんじで、学校も家庭も、懐かしい印満載。

まだまだのどかなもんよ。

昔うちの近所にもエレキギターをやってるおにいちゃんがいて、夕方になると車庫だか物置だかから騒音のようなテケテケテケテケが鳴り響いたっけ。

当時はそんな光景があっちでもこっちでも見られたんじゃないかな。

この映画の高校生たちも練習場所の確保がたいへんなのね。

その様子だけでもすっぽりと60年代。ああ郷愁。

4人の高校生もキャラ立ちがよくて、そのバランスお見事。

それに4人皆、素朴でうまい。うま~~~~~~~~いのだ。

主人公ちっくんは学校の先生の息子。ボーカル&ギター。

ベースギターがお寺の息子で、これがごっつうませてて、世間をすでに掌握済みなわけ。

世渡りからエロ本までお寺の息子が伝授してくれる。彼はこの映画で映画賞総なめ。

リードギターが魚屋の息子。これが色白スマート。でもいちばん幼いのかな、高校生の浅野忠信が等身大で演じている。「バタ足金魚」のときの坊主頭にくらべたらだいぶ成長しているのが微笑ましい。黒縁眼鏡がダサい。

ドラムがかまぼこやの息子、あばた面でちょっととろ~~~っとしてるけど女の子を好きになって。ヘタクソな「美しい十代」を歌うところで私のお肌プルプルがきた。

十代の、時代は変わっても今もかわらないいろんな悩みや喜び、恋、友情、家族、先生、進路・・・悩んでそして大人になる。

青春映画の定石どおりなモチーフを散りばめながら、大林ワールドな瀬戸内海の空気、きらめき、日本の美にたいするゆるぎない思いなどが溢れているの

最近では「ウォーター・ボーイズ」「スウィング・ガール」「ロボコン」などもこの学園ものの系譜に属する秀作ですが

やはり風格がひとつ違う、映画全体の格を感じさせるてんで、この「青春デンデケデケデケ」は女子校生ものとして私のベストワンである「桜の園」と並び、永遠の、胸キュン、高校生映画です。

昭和30年代に生まれた人まではその時代の匂いを感じることができるでしょう

昭和20年代の人ならリアルタイム。面白くてしょうがないと思う、くすぐったくなるでしょう。

それより前の世代は誰でもOK。懐かしさに身をよじる。

そして今、青春の人たちにも。

10代には10代の、普遍的な思いは変わらないのね。

誰もが胸がきゅううんとなること間違いなしね。

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2006年2月24日 (金)

鮫肌男と桃尻女

9902same_b_1 ←インパクトある?あるかなあ? 

浅野忠信さん、先日のせた「誰がために」とぜんぜん違うね~

なんちゅー題名なのよ。レンタル屋で借りにくいったらありゃしないわ。

だからDVDを買っっちゃったわよ。そしたら面白くて何度も観たのよ。

けっこうクセになる。

夫もこの映画気に入ったし、息子たちもこの映画大好きらしい。

なんちゅー家族や。わはは。

で、「鮫肌男と桃尻女」はR指定じゃないですよ~。

主人公たちの名前が、鮫肌黒男さんと桃尻トシ子さんだっての。ちょーっとっ。

もともとはコミックなんですって。コミックぜんぜん知らないんですけど。

オフビートでお洒落な映画ですよ~。

主人公の鮫肌の浅野忠信が目から鱗ぼろぼろなかっこよさなの。

パンツ一丁でおへその毛をなびかせて山駆け回る姿のなんとかっこいいことか。

ルパン3世ばりの細身スーツも信じがたい似合いっぷり。

浅野って人はほんと、どんな役にもすーーーーっとなじんでしまうのね。

ここではカッコイイ鮫肌そのものとしか思えないのよ。

このちょっと前には「119」で竹中直人といっしょに田舎の消防車に乗っかって、気のいいあんちゃん消防隊員やってた人と同じって・・・まったく信じられません。

浅野忠信のなかでもっともカッコイイ役。

女には鼻血もん、男にはアウトサイダーなヒーローで、日本映画界のなかでイコンとなりえた存在ですね。この鮫肌黒男は。

組のお金を持ち逃げした鮫肌を、組長が子分たちに追わせる。

組長が岸部一徳、趣味はホーロー看板集め。

凸凹な子分たちを田中要冶や鶴見辰吾や寺島進ら個性派でかためている。

もはや伝説と貸した殺し屋“山田くん”は我集院達也。

組員たちが鮫肌を追いながらそれぞれにぼそぼそと交わす会話のオフビートな可笑しさは英国でもかなりうけちゃって、いまでも時々上映されるそうなのね~。

そうそう、この鮫肌で英国女をノックアウトしたのかどうか知らないけど、何年か前のロンドン映画祭では浅野忠信特集上映がアジアの俳優としては始めて組まれたんですよ。

ヤクザの役っていっても浅野さんの場合は、絶対に従来のステレオタイプになりませんから。もーどんな役をやっても革新者だから。

話し方はいつもの力の抜けた浅野調、なのになんなんの、ものすっごい存在感は。

話し方の力の抜け具合といい、演技の自然体といい、それでいてめっちゃかっこいい存在感といい、そりゃ若手俳優はみんな真似したくなっちゃうだろうね

殺し屋の山田くんは鮫肌を殺さなくちゃいけないのに、鮫肌を男子トイレまで追い詰めたところでぎゃくにつかまって、で、鮫肌に一目ぼれ。

山田くんはホモセクシャルなんだわ。鮫肌に鼻血を拭いてもらうともーどっぷりと鮫肌の虜。

「好き・・」

「はぁ~?」

「・・・好き」

「・・・・」

「(お目目ぱちぱち山田くん)」

「はぁ~?!(笑いこらえる鮫肌)

てこのシーンもまた日本映画の宝よね~。

このシーンで笑わない人がいたら人間じゃないと断言しときます。

バカみたいに可笑しい、でもって浅野さんがやるから超おしゃれな可笑しさ。

至福~。

結局鮫肌、組に捕まり、そこで殴られーの蹴られーのマゾッホッホッホの世界へいらっしゃいませ~と、なんかあやしい~。

男たちのSMチックな暴行シーンも女性観客をドッキドキな世界へ誘うってもんでしょう。

さらにこの映画にはもうひと捻り、いや、ふた捻りはあって、「お?」「おおお?」といい意味で裏切ってくれるのね。

日本映画のエポックとなった新世代新感覚映画。

音楽もヴィジュアルもとてもヴィヴィッドで、細部までカッコイイための神経が行き届いて、画期的なかっこよさを醸している。

胸毛嫌いな人もへそ毛は嫌いじゃないかもしれないし、とりあえず、浅野さんの天才的な空気の変え方をば覗いてみてはいかがでしょう。

監督は石井克人、可笑しいなあ~。

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