マイ・バック・ページ~青春の躓きと涙
71年、高校に入学した時は入学式に向かう道すがら、ヘルメットかぶった大学生のお兄さん、お姉さんたちが構えていてビラを手渡された
この人たちもテレビのニュース映像に映っていた機動隊と衝突する大学生たちの仲間かと思うと、脇を通り抜けるときドキドキした。
と同時に、政治のことも学生運動のことも知らずに、ただ、なんとなくきゅうに大人に近づいたような気もした。
もちろんヘルメットかぶった大学生たちはすごく大人に見えた。
高校二年の時にはあさま山荘事件が起こった。72年のこと。
最近観た映画、「マイ・バック・ページ」はちょうどその時代の何年かが描かれてました。
ヘルメットをかぶってゲバ棒をふるっていたあの若者たちはその後どうしたんでしょう。
単純に、ごく単純に考えると
彼らの多くはある日、きゅうに背広を着てネクタイをしめ、就職し、そして社会や会社の上層部となっていった。
そうしてあのときのエネルギーを今度はひたすら企業のために燃やして
広告をどんどんうってものを売って売って売りまくり、
電気もどんどん使いなさい、原発どんどん建てればいいんだから。
と、
素敵に享楽的でコマーシャリズムな大量消費社会を作り出した大人たちになっていった(?)
若い時分の学生運動の結果、結果として機動隊員や警官の命を奪ってしまったこともあったのですよね。
自分はじかにやってないかもしれないけれど、そこにいた、そこにくっついてた、という人たちは少なくないのですよね。
そこのところの思いとか思いの変化を彼らはどう受け止め消化して、その後の企業戦士へと変身していったのでしょう。
そのときの熱気と失敗と挫折などを黙して語らず、乗り越えたふりをして知らんぷりをし続けること
それがほんとうに大人になるということだったのかしら?
違う気がする。
思想、政治的なこととは別に、ただ人として青春時代のその瑕疵を隠さず、涙を流すことがほんとうに成熟することなのではないかしら。
ラスト何分かで妻夫木くんが流す涙のなかに、人が成熟するためにむきあわなければならないこと、引き受けなければならないことがあるのだと描かれているようでした。
「ちゃんと泣ける男」
失敗を失敗と認めて涙することができること。
ジャーナリストの妻夫木くんと
運動家の松山ケンイチくん。
2人とも細やかな演技も文句なしでした。
とくに、普通の人の揺らぐ感性を演じて今やピカ一の妻夫木くんは、「普通」を演じて「映画俳優」として魅力を放てる、希少な俳優さんですねえ。
いつも思うんだけど、ほんとうに「普通」を「普通」に演じて、映画の夢をみせられる俳優っていちばん難しいと思うんですよ。
個性的なことや、異常なことや、熱演・・・・などは、俳優なら誰もが演技でもってそれなりに魅せやすいんでしょうけど
「普通」は難しい。
その「普通」な妻夫木くんが映画のラストのほうでみせる涙の演技の素晴らしいこと。
青春という失敗と挫折と痛みを通り抜けてきた人なら誰しもが、妻夫木くんの涙で心の楔を解き放たれていっしょに涙してしまいそう。
私は涙は出ませんが、心の中で泣きました。
秀作でした。
あの当時の音楽やファッション、映画も、さらりと盛り込まれ好感度高かったです。
惜しむらくは69年・・・全共闘からも大きな支持を得た映画、「昭和残侠伝」もどこかに登場させてほしかったです←池部良ミーハーファンの戯言です(^^;)
「昭和残侠伝」の花風コンビの道行場面なら最高でした
(マイバックページには日活がかかわっているせいか、劇中登場した日本映画は「洲埼パラダイス」でした)
池部良さんはこの時期、全共闘から理想の父親だか理想のアニキだかに選ばれたそうですし、高倉健さんは「泣いてくれるなおっ母さん」ですし。
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