サッドヴァケイション~浅野忠信×石田えり×青山真治
(ネタバレ含みます)
「母性の怪物性」の怖さがよく出てましたね~。
この世に「母性」ほど怖いものはないでしょう。
私も母親なのでほんと思います。
母性って子に対してどこまでもしたたかなんですよ~、でもそれにブレーキをかけてくれる夫の存在があったのでよかったですけど、
そのブレーキが壊れてたり錆び付いていたりする家庭では、母性の暴走を止められなくなったりするんですね。
子育て中はけっこう自分のために叱ってること多かったし、露骨に傷つけることを言ったときもあるし、
でもそれってすべて「子供のため」という顔をしてれば世間では賞賛されることがあっても批判されることはないですからね。
そのことに自覚的になって自分をつねに諫めなければ、恐ろしい顔した母性が暴走しちゃう時があるんでしょう。
そんなことすら気づきもせず、「自分の母性愛は美しい」としか感じていない鈍感な母親も世の中には山のようにいるんですよね。
「私の母性は素晴らしい~」という文脈しか持ち合わせていない母親に出会うと、逆にこの人は何らかのトラウマがあって、母性の負の部分に蓋をかぶせてるのかな?って思うんですけどね。
母性ほど生々しい動物的本能はないと思うけどね。
その意味で母性ってけっきょくサバイバルの源っていうのかしら。
そのサバイバル性は今の時代なら「良い成績とらなきゃ生きていけないだろう」みたいな脅しになったりするんだけど
けっきょく、母親がすこしでも気持ちよく生きていくのに相応しい形に子供を押し込めようっていう風なことなのかな。
でもほら、それも「子供のためを思って」って言われたら返す言葉が出ないでしょう。怖いよね。
この映画の石田えり演じる千代子。健二(浅野忠信)の母親もまた自分のサバイバルのために子供を利用する。
それを、自分は息子たちを利用してるかもしれない?と省みることはいっさいない。
サバイバルのために子供を捨てたり引き寄せたり・・・・
その結果どうなった?
ひとりは死に、ひとりは刑務所。
ぞっとしますね。
そんな「サッドヴァケイション」、映画としては素晴らしく面白いんですけど、だからといって千代子にたいして「揺ぎないい母性」とか「大きな母性」って言うのはどうかと思うわ。
「大きな」っていうのは、子供の人格を認めて愛し、時がきたら離すことのできる「大きさ」であるはずで、こんな自分のために子供をいいように振り回して微動だにしない母親を「大きい」なんて言うなって。
女優・石田えりの大きさと、千代子の母性とをいっしょにして「大きさ」なんていったらいけません。
ここで描かれた千代子の母性はただのモンスターです。自己チュー極まりないわ。
しかしそのモンスターを、石田えりさん、一ミリもぶれることなく一貫して演じきったのは凄い、素晴らしい~!
いかにもモンスターでござーいと、見え見えになってしまう演技ならつまらないですからね。
ものすっごいハマリ役でした。
この映画は90年代を代表する映画の一本には間違いないあの「Helpless」の続編ということで、「Helpless」にかつて衝撃を受けた私は待ちわびていた映画です。
(Helplessのマイ記事はこちらです)
ただし「helpless」では主演の浅野忠信の稀有な才能にたいしてまずその驚きと衝撃がむかってしまう。
そのことを青山真治監督自身が著書の中で「浅野忠信の才能と拮抗できるようになったらまた創りたい(大意)」というようなことを書いていたんですが。
そりゃあね、そうでしょう。
「helpless」を観たら誰もが思うわ。。。。浅野忠信が監督を呑みこんでしまってるって。
そして10年の時を経て、満を持して作られたこの作品、
期待を良い意味で裏切ってくれると同時に、期待以上の面白さでした。
とても豊かなふくらみをもった作品ですもの。
監督の才能が、ふっくらと映画のすべてを包んでいるんですね。
浅野忠信と拮抗どころか、監督は監督です!
監督は浅野さんをちゃんと寄せ鍋のなかで料理しておりました。浅野さんの美味すぎる単品料理ではなかった。
「浅野と拮抗する」という約束を(て、私が勝手に青山真治ファンへのそれが約束だって思ってましたから^^;)120%果たされ、おつりがくるほどの作品です。
完璧な千代子像を作り上げた石田えりにたいしてその息子役の浅野忠信はっていうと、これまた10年の間の進化ぶりがいかんなく発揮されてましたねえ~。
浅野さんの場合は大勢の出演者のなかでなにもしなくても自然と光るアンサンブルにおける主役とういう今回の健二でしたから。
小さいときに自分を捨てて男と出て行った母を見つけて復讐したいと思いながら、けっきょくすべてを飲み込まれてしまう健二。
しかし大変ですよね~、息子のうちひとりは殺され、ひとりは殺人者になってしまうって。しかも被害者と加害者は異父兄弟って。
挟まれた父親役の中村嘉津男さん、この映画でいちばん難しい役ですね。たいへんだったでしょうね。いい演技を観させていただきました。
その中村嘉津男さんは間宮運送という運送会社を営んでいて、その運送会社の寮にいる人びともいいアンサンブルでした~
人生どん詰まりのところで、でも、人と人の繋がりを求めてそこにい続ける人たち・・・
寂しさとおびえと孤独とそれでも生きているという一縷の望みが交じり合い、不思議な空間を現しているのね。
最後の場面で男たちに降り注いだ水は、羊水でしたね?
(すべてのものに意味がある。観念的なところが気持ちよい、青山監督の次回作が早く観たい!)
そんな物語のなかに吹いている妙な爽やかさってなんなんでしょう?
どん底に落ちて上を見たらかすかに光がさしていたっていう、すがりつきたくなるような優しさっていうのかしら、ぬくもりっていうのかしら。
それからそれから、病み付きになりそうなシーンが三石研さんと斉藤陽一郎さんのあきおの部屋。あのシーンすごく可笑しかったです。いい味出してましたね。
それにしてもあの光石研さんは「Helpless」のときのヤスオさんではないんですから、いったいヤスオさんはどうしたんでしょう。とっても気になります。
観終わったらすぐにまた観なおしたくなります。
去年これを見てたら、2007年マイベスト邦画でした。
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