憑神~複雑な鑑賞後
うーむ、貧乏神、疫病神、死神、てこれらをビジュアル化するのに、この映画、なんとなくもったいなかった。
いえね、それを演じた西田敏行さんたち俳優さんたちはうまいんだけど、演出が生真面目おじさん的活字表現に律儀に答えすぎちゃったんじゃないだろうか。
映像の自由度、演出の自由度をもっと駆使したらもっともっと面白くなった気がする。
とはいえ、長く続いたひとつの時代の終わりのなかで、影武者をもうしつけられてきた下級武士が武士としての生き方を模索し見つけてゆく姿は、それがひとつの時代の終焉とひとりの人間の命の終わりを意味しているので儚く物悲しい感慨を誘う。
勝海舟が言うように命を「新しい国づくり」にかけたほうがいいのだけどね。
でも、やんごとなき理由から(死神に憑かれて)どうせ死ぬならと、滅んでゆく武士たちにとっての幻の真実になろうとする下級武士の死に方はそれはそれで説得力を持つのね。
諸手あげて賛成できないけどね~。
これを前向きととるのか、後ろ向きととるのか、散りゆくときの諦念ととるのか、観終わってから複雑ですわ。
下級武士の一家の次男坊を演じる主演の妻夫木くんはお父さん役でもあるけどお父さんというには可愛らしすぎるの。
でも最後に影武者の姿になったときに、これだよ~!とキャスティングに合点がいった。
妻夫木くんの影武者姿は五月五日に五月人形として飾っておきたいぐらい絵になっていたものねえ~。
妻夫木くんのお兄さん役の佐々木蔵之助さんや、そば屋の香川照之さんもうまいし、役者さんたちは時代劇とはいうものの脱力系演技で面白いのよね~。
でも、演出の冴えがいまいちかな。
それは降旗監督だけのせいじゃなくて、その裏で牛耳る製作サイド、いや出資者たちのおじさま族のセンスのなさのせいかもね(^^;)なんちゃって。
へんにお堅い“原作を祭り上げ”な姿勢が前面に出てると思ったわ。
その姿勢は映画の最後に浅田次郎さんが登場、て、あそこに集約されてると思うの。
もちろん最後に原作の作家が出てくる映画はいくつかあるけど、それは俳優が演じる作家だったりするのが多いかな。
ご本人登場は慎重にやらないと最後の最後にいっそうしらけることになってしまうでしょう。
製作サイドの原作を祭り上げすぎな姿勢がそこで露呈で、それまでのこの映画の冴えの悪さがおおいに納得がいったしだいなの。
ひとつひとつのエピソードは面白いし含蓄も深いのでほんとにもったいないわ。
だけどひとつ、今後の肝に銘じておきたいGOODな生き方心得を得ましたわ。
疫病神、死神、貧乏神はノーテンキな人には憑かないんだってこと。
お気楽にいくのがよろしいようで。
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